猫と靴下

猫の靴下

 俺は黒猫の言うがままに、後をついて行った。黒猫の名前は「リチャード」といった。青い目がクールな二歳のオス猫だ。リチャードの足は速かった。俺は小走りを駆使してついていってたが、何とか見失わないようにするのがやっとだった。

 「もうすぐ鶴見緑地公園だ。公園に着いたらフリマに行こう。」

 リチャードが言った。どうやら彼は、フリマが好きらしい。それも買い物が目的な訳ではなく、ぶらぶらと色んな店舗を見てまわるのが良いらしい。

 「今日の目玉は?」

 別にフリマに興味は無かったが、俺は、リチャードに興味をそそられていた。ふてぶてしさの中にも憎めない何かがあった。時折見せる猫らしさが、可愛いらしくさえも思った。ぶっちゃけた話、リチャードの全てが知りたかった!

 「ニャー」

 「!」

 リチャードが「ニャー」と鳴いた!今まで俺に対して人間の言葉で接していたリチャードが何故?しかしそれ以上に「可愛い!」俺は気が動転してしまった。猫が「ニャー」と鳴くこと事体は、別に驚くべき事ではない。しかし相手はリチャードだ!猫と言えども人間で言えば「男」だ!感情が制御しきれなくなるのも時間の問題なのか!?その時、リチャードが何かにむかって一目散に走り出した。

 「おでんが売り切れる!」

 リチャードはおでんが好きだった。夏に海に行った時も「浜辺で汗かきながら食べるおでんは最高さ!夏こそおでんだね。」などと、およそ猫舌の者が口にはしないような台詞を顔色も変えずに言ってのけるくらい、おでんが好きだった。

 「おやじ、大根とちくわとスジ肉だ!」

 「あいよ!これで最後だ、こんにゃくおまけしとくよ!」

 「サンキュー」

つづく・・・・・・

(2001.12.20)

猫の靴下(続き)

 リチャードはおでんを貪り食った。その瞬間、どんな猫であっても「猫は猫舌である」と言う俺の概念は、もろくも崩れ去った。

 「大根が美味いな。味が良くしみている。」

 「大根、好きなのか?」

 「ああ、昔はな。でもどちらかと言うと、今は『スジ肉派』だな。猫だし。あ、こんにゃく食えよ。俺、食えないから。」

 このあたりが猫らしい。結局俺はこんにゃくと、ちくわを少しだけ頂いた。大好きなおでんを食べ終えると、リチャードはまた歩き出した。華やかな雰囲気が俺の心をウキウキさせる。「人対人」のやり取りで、商売を超えた何かを得られるのもフリマの魅力なのだ。

 「あった。あそこだ!」

 そう叫ぶと、またリチャードは駆け出した。俺は人ごみをかき分けながら、見失わないように小走りで後を追った。リチャードが足をとめたのは、真っ赤な靴下が並んだ「赤靴下専門店」だった。店先にはもちろん、真っ赤な靴下しか並べられていなかった。が、何故か大繁盛だった。

 「いらっしゃいませ。ゆっくり見て行って下さいね。」

 出店者の女性がこちらに声をかけてきた。年の頃なら27・8歳の、「永作博美」似のお姉さんだ。ハッキリ言って、タイプだ!もちろん俺は、一目惚れした!

 「あなたの猫?かわいい。名前は?」

 リチャードは俺の猫ではなかった。春に初めて出遭ってから、数えるほどしかあっていない。親友と言えるかどうかも微妙だった。しかし、今ここで「俺の猫だ」と言えば、彼女との会話がもっと広がるかもしれない!そう思って口を開こうとした時、リチャードの青い瞳が俺の顔を覗きこんだ。丸い、きょとんとした青い目が俺を見ている。俺はこの目にめっぽう弱い。

 「名前はリチャード。2歳のオス猫。俺の猫じゃない。こいつはこいつさ。」

 「リチャード君って言うんだ。私はカレン。よろしくね。」

 彼女はリチャードを抱き上げると、鼻先に軽くキスをした。俺は少し嫉妬した。「猫になりたい!」そう思う瞬間だった。

 「フリマは楽しい?」

 「うん。まだ始めたばかりなんだけど、人とお話したりするのが好きだから。」

 俺の問いかけに、彼女は気さくに答えてくれた。きっと俺に気があるに違いない。優しい微笑みと柔らかなトークで、俺の心は癒されていった。彼女と話していると、時間の経つのも忘れてしまう。気が付けば、1時間ほどが過ぎていた。

 「あれ、リチャード君は?」

 彼女のその言葉で初めてリチャードの姿が見当たらないことに気が付いた。

またつづく・・・・・・

(2001.12.22)

猫の靴下(続きその2)

 まあ「猫の事であるから」と、俺は大して気にもとめなかった。それにしても、彼女とのトークは楽しい。なんと言っても華がある。俺はすっかり「カレン」の虜になっていた。そんな時、俺の足元に黒い影がするりと入ってきた。リチャードだった。

 「これ、彼女にあげなよ。喜ぶぜ。」

 「カレン」に気付かれないくらいの小さな声でそういうと、リチャードは口にくわえていた小さな花を俺の足元にそっと置いて、また、何事もなかったかのように赤い靴下を「ニャー」と言いながら眺め始めた。

 「花は好きかい?」

 「ええ、好きよ。私に似てるから。」

 お調子者め!でも、彼女のそんなところが堪らなくラヴリーだ!!

 「じゃあ、この花知ってる?」

 俺はリチャードから言われた通りに従った。

 「ううん。見たことない。どこに咲いてたの?冬に咲く花なんて、珍しいわね。」

 そう言って花を見つめる彼女の瞳は、きらきらと輝いていた。俺はリチャードに感謝した。こんなステキな出会いをくれたリチャードに。そしてそのお返しに、赤い靴下を1セット買ってやった。リチャードは大変気に入ったらしく、「ニャーン」と鳴いて嬉しさをアピールした。でもそれを何に使うのかは聞かなかった。

 それにしても楽しい時間と言うのはあっという間で、フリマの会場は店じまいで慌しくなる。ひとつ、またひとつと消えてゆく仮設店舗。先程までの華やかさが嘘のようだ。北風の冷たさが、心にまでしみる。赤い靴下をダンボールに仕舞いながら彼女は言った。

 「また会えるかな?」

 俺は答えずに微笑んだ。それに答えるように彼女も微笑んだ。暖かい風が、心に吹いた。春は遠いが、2人の間には確実に、恋が芽生えた。そんな気がした・・・・・・12月。

前編・・・完

(2001.12.27)

猫と靴下(後編)

 時の経つのも早いもので、リチャードと知り合ってから1年が経とうとしていた。リチャードと初めて出会ったのは、京橋のコムズガーデンだった。その日は朝から雪が降っていた。一面が白い雪に覆われた公園に、小さな足跡を残しながら、黒い、小さな体を震わせながらやつはやってきた。

 「さむい。コーヒーおごってくれ。」

 「!」

 俺に旋律を走らせた最初の一言だ。まさか、猫が人間の言葉をしゃべるなんて!しかしそんなことでビビっていては、来るべき国際社会に到底適応など出来まい。外人が日本語を、関西人が外国語を、宇宙人が関西弁を使う、思わずそのギャップにビビって取り乱している場合ではないのだ。日本人よ!適応せよ、日本人よ!!!

 「B●SSでいいか?」

 俺は平静を装いつつ、自販機のコーヒーの「あったか〜い」を「つめた〜い」と間違わないよう注意しながら指で押し、「ゴトン」と出てきたホットなコーヒーのプルタブを開けてやると、小さな体を丸めてさらに小さくなっている「人間の言葉をしゃべる猫」のそばにそっと置いてやった。

 「サンキュー。」

 ・・・・・・あれから1年。リチャードは素敵に大きくなった。

つづく・・・・・・

(2002.1.4)

猫と靴下(後編)その2

 久しぶりに会ったリチャードは、いつにもまして透きとおった青い目を隣を歩くもう一匹の黒猫に向けていた。リチャードよりも一回り小さい黄金色の目をしたメス猫だ。

 「やあ、久しぶりだな。こいつは俺の彼女でシャルロットだ。」

 はにかみながらリチャードは言った。そんなリチャードとシャルロットの首には、いつか俺がフリマで買ってやった「赤い靴下」が、マフラーのように巻かれていた。

 「初めまして、シャルロット。」

 俺が挨拶をすると、シャルロットは少し恥ずかしそうに「ニャ−」と答えた。

 「今日はどこまで?」

 「あてなど無い。俺達猫は自由だからな。風の向くまま気の向くままってやつだ。」

 「寒いだろ。コーヒー飲むか?」

 「ああ。でも今日は俺におごらせてくれ。」

 俺はリチャードを立ててやった。きっと猫ながら、彼女にいいところを見せたかったのだろう。シャルロットはそんなリチャードを瞬きさえも惜しみながら見つめていた。ああ、俺も恋がしたい・・・・・・。

 そういえば「カレン」はどうしているのだろう。あの日以来俺は、フリマに顔を出していない。彼女は俺のこと、覚えているのだろうか。たった一度会っただけの俺のことを・・・・・・。そんなおれの心を見透かすようにリチャードは言った。

 「カレンは元気か?」

 「さあ。でも彼女のことだから、きっと元気なんじゃないかな。」

 「何だ、会ってないのか。」

 「ああ。どうも近頃忙しくってな。」

 「なら、久しぶりに行ってみないか?」

 「え?」

 「だから、フリマだよ。大丈夫。俺達もついていってやるよ!」

 そんなリチャードの勢いに押され、久しぶりにフリマを訪れることになった。カレンに会いに・・・・・・。

つづく・・・・・・

(2002.1.10)

猫と靴下(後編)その3

 俺はリチャードにおごってもらったコーヒーを飲み干すと、大きく息を吐いた。白い息が、まだ寒い鶴見区の空へ消えていった。

 実は俺も彼女に会いたかった。会いたくて会いたくてしょうがなかったのだ。でもシャイな俺は、用も無くノコノコ会いに行くことなんて出来なかった。会うなら会うで、それなりの大義名分が欲しかった。そんな意味で、まさにグッドタイミングなリチャードからのお誘い!ハッキリ言って俺は、舞い上がっていた。とってもウキウキしていた!「早く彼女に会いたい!」そんな気持ちが、俺の歩く速度を速めていた。

 花博通りを東に向かって歩く。微妙に殺風景が広がる。いくつかの信号を越え、少しずつ、少しずつ俺と彼女との距離が近づいてゆく。心臓が飛び出しそうだ。いや、飛び出すってばっっ!ああ、信号がじれったいぃぃぃ!車道のシグナルが、青から黄、黄から赤へと変わり、歩道に青のシグナルが点灯する。

 「さあ、渡ろう。この信号を渡ればもうすぐだ!」

 と、歩道を渡ろうとした時、赤信号を猛スピードでトラックが走ってきた!「気をつけろよ、この、すっとこどっこい!」と思うや、俺はその場を動けなかった。パニックになると、どうして人は動けなくなるのだろう。このまま俺は、彼女に会う前に死んでしまうのか!もし死んでしまったとしたら、仕事の引継ぎは誰がやるのだ?身分証明書は持ってたかなあ?・・・・・・たかが一瞬のうちに、いろんなことが脳裏を走る。・・・・・・お母さん・・・・・・。

 猛進するトラックがぶつかる瞬間、俺は目を瞑った。そして俺の身体に衝撃が走る。俺は弾き飛ばされ、冷たいアスファルトの上にくの字に倒れこんだ。意識が薄いせいか、痛みも感じない。死ぬってこういうことなのか・・・・・・。せめて最後に一目、「カレン」に会いたかった・・・・・・。そのとき、俺を呼ぶ誰かの声が薄れていた意識を呼び覚ました。

 「大丈夫か、坊主!」

 「俺・・・・・・坊主ちゃう。」

つづく・・・・・・

 (2002.1.24)

猫と靴下(後編)その4

 虚ろながらもようやく意識を取り戻した俺は、信じられない光景を目の当たりにした。

 「お前・・・・・・リチャード・・・・・・!」

 冬の冷たいアスファルトの上に、赤い靴下を首に巻いたリチャードが眠るような格好で死んでいた。どくどくと紅い血を流しながら・・・・・・。

 「怪我は無いか、坊主!それにしても、危機一髪だったな!あの時黒猫がお前ぇさんに飛びかからなかったら今ごろ・・・・・・。猫には申し訳ねえ事しちまったが、そのおかげでお前ぇさんは助かったんだ。よかったな。」

 そんな馬鹿な事があるだろうか。俺は助かったが、リチャードは死んでしまったのだ。俺の身代わりとなって・・・・・・。それで「よかった」なんて思えるはずが無い!俺の不注意だ。トラックに轢かれたからとはいえ、俺の不注意には変わりない。そうだ、俺がもう少し気をつけてさえいれば、リチャードは俺をかばって死んでしまうことなどなかったのだ・・・・・・。

 「ごめんよ、リチャード・・・・・・。おれのせいで・・・・・・。」

 俺は動かなくなったリチャードの身体を抱きしめた。涙が次から次から溢れてくる。そういえばここ数年他人のために泣いた事なんて無かったのに。今こうして「親友」の死に直面して、熱い涙が頬を伝ってくる・・・・・・。止まらない・・・・・・悲しくて、さびしくて、自分が情けなくて・・・・・・。そう思えば思うほど、よみがえる記憶はリチャードとの楽しい思い出ばかり・・・・・・。なのに涙は止まらない。楽しい思い出ばかりだから、余計に悲しくて・・・・・・。

 するとシャルロットが俺に向かって「ニャ−」と言った。猫の言葉だったが、何故か俺にもわかった。

 「大丈夫。彼は死んでしまったけど、彼は「自分の為」にあなたの身代わりになったのよ。心から話せる親友の為に自分が出来ることを、自分自身の為にやっただけなの。それが、彼なのよ。照れ屋で不器用な彼だけど、そんなことが出来るのも彼なのよ。彼はあなたを憎んだりはしない。むしろ誇りに思うはずだわ。「親友の命を守ることが出来た!」って・・・・・・。彼は何処に居たって、どんな時だって彼なのよ!」

 再び涙が溢れ出す。リチャードの気持ちが分かるから、それ以上に自分の浅はかな行動が悔やまれる・・・・・・。

つづく・・・・・・

 (2002.1.30)

猫と靴下(後編)その5最終話

 俺はまだ温かさの残るリチャードの身体を抱き上げ、シャルロットとともに歩き出した。2人とも、何も喋らなかった。きっと、リチャードとの思い出を噛み締めていたのだろう。いつか涙は乾き、二人は笑顔を取り戻そうとする。リチャードだって、きっとその方が喜ぶだろう。そう思ったからだ。そして二人は、見晴が良く、日の当たる暖かい場所で足を止めた。

 「ここでいいかな?」

 俺がそう尋ねると、シャルロットはコクリと頷いた。そして2人で木の根元に穴を掘り、そこに小さな花を敷き詰めた。

 『よせよ、花なんて。ガラじゃないぜ。』

 そんな声が聞こえてきそうだ。俺は小さく微笑んだ。シャルロットも同じ事を思ったのか、目を細めて小さい声で「ニャ−」といった。

 リチャードの亡骸は、冷たくなっていた。もうこれで、本当のお別れだ。俺はリチャードの首から赤い靴下を取り上げ、シャルロットに差し出そうとした。すると・・・・・・。

 「それはあなたが持っているべきだわ。リチャードの親友であるあなたが。その方がきっと、彼は喜ぶはずだから・・・・・・。」

 何時からそこにいたのだろうか、カレンが花を持って立っていた。

 「ごめんなさい。騒ぎを聞きつけてあなた達を見つけたんだけど、どうしてあげたら良いのか分からなくて・・・・・・。」

 「こっちこそ、来てくれてありがとう。カレン。でも、リチャードとはこれでお別れだ。」

 「ううん。リチャードは永遠になるのよ。身体は死んでしまったけど、彼の思いや彼が居たという事実、彼との思い出は、何時までも私達の中に生き続けているのだから。」

 俺はコクリと頷くと、リチャードの亡骸を穴に埋めた。そしてカレンが持ってきてくれた花を、真新しい墓前に3人で供えてやった。これからの俺達は、どういう生き方をするのか分からない。でも、俺達の中には、黒猫リチャードの青い瞳が何時までも輝いている。何時までも・・・・・・共に歩いていこう。

 「俺の親友・・・・・・リチャード。」

「猫と靴下」終わり

 (2002.2.2)





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